「DX」しても変わらない いつの時代も、産業を担い繋ぐは「人」である【地域課題解決型ハッカソン vol.1 舟久保織物】
2018年、経済産業省が「DXレポート」を公開したことを皮切りにワードとして浸透しはじめた「DX(デジタルトランスフォーメーション)」。織物産地として1,000年以上もの歴史を持つ富士吉田でも、デジタル化による改革がついに始まった。
先陣を切ったのは、大正13年創業の舟久保織物。手作業をベースとした「超アナログ」な伝統が息づく織物産業のDX化は、どの業界にも増して難易度が高い。それでも、その一歩を踏み出した当事者・舟久保晴基さんは「挑戦してみてよかった」と断言する。
手仕事によるものづくりの現場に、果たしてDX化はフィットするのかーー関わった人たちに、率直な感想と今後の展望を聞いた。
DX=デジタルの力で既存の仕事のやり方を変える
「DX」とは、デジタル技術の活用による新たな商品・サービスの提供、新たなビジネスモデルの開発を通して、社会制度や組織文化なども変革していくような取組を指す概念である(総務省)……と定義されている。
つまり、何かシステムやサービスを取り入れるだけでなく、そのことでダイナミックに「仕事」がより良く変わることを目指すのが、DXだ。
2018年以降、各業界や企業・団体にて業務のデジタル化やそれに伴う社内制度の整備などが進められてきたものの、業界によって進行具合には大きな差がある。
手作業による工程も多いものづくりの現場は、長年築きあげられた現場ごとのルールで仕事が進むうえ、個々人のプロフェッショナルな勘にゆだねられている部分が大きい。システムによる置き換えは、一朝一夕にできるものではない。富士吉田の織物産業は、まさにその代表格といえる。
今回、DX化に挑戦した機屋(はたや)である舟久保織物の担当者、舟久保晴基さんは取り組みのきっかけをこう話す。
「目に見えるものしか信じられない」を変えたかった
「在庫を見える化したいというのが、最初のきっかけでした。現状の当社の場合、まず傘の在庫の数を知りたかったら、在庫管理の担当に、『どの傘が何本ありますか』と聞く。そうすると、事務所にあるストックや段ボール、棚の中から僕が伝えた商品を探し出して、それを自分に伝えてくれる……。
つまりは、今の状況だと、どの種類の傘が何本、今この瞬間にうちにあるのか、誰も把握できてないんです。そして、それを確認する術が自分にはまったくない。そこに不便を感じていました」
在庫管理ができていないことで生じるのは、業務が円滑に進まない、というストレスだけではない。これによって、「売る分がない」と断ることもあり、売り逃しも発生していたという。解決できれば売上を伸ばせる、と晴基さんは話す。
「社内で相談した時に、その物体が確かに存在しているっていうのを視認しないと、ちょっと安心できない、というのがあるんです。例えば、骨の数を数える時も、実際に物を数えないと安心できない。……そういう『目に見えるものしか信じられない』というところを変えたい」
こうした社内事情の中、DX化をひとりで推し進めるのはハードルが高い。まず、システムを導入しようにも予算もとれないだろう。そもそも、使ってもらえなければ意味がない。
そうした課題を抱える晴基さんに伴走者として現れたのが、プログラミングスクール「ディープロ(DPro)」の受講生だった。「ディープロ」は、神奈川県横浜市に拠点をおく株式会社ダイビックが提供するオンラインプログラミングスクール。Webエンジニア4ヶ月短期集中コースで、実務経験レベルの実践形式の授業を受けられるとあり、受講生の意欲もレベルも高い。
そんな彼らの卒業課題インターンシップとして、富士吉田の織物会社のDX化を手がけてもらうのはどうかーー。そうした提案から、今回の協業が始まった。名付けて、「地域課題解決型ハッカソン」。
機屋側・プログラミングスクール側、両者の課題解決に
実はこの取り組みは、ディープロ側の課題解決にも直結している。それは、「実務経験があれば思うような就職先に行けるはずだ」というものだった。
エンジニアに求められるのは、顧客(クライアント)の課題をプログラミングで解決する能力。プログラミングスキル単体よりも、問題解決能力・論理的思考力(的確な要件定義・コミュニケーション能力が重要視される。課題を解決できる能力を備えてもらうための授業は、なかなか既存のプログラムだけでは限界がある。採用側としては、こうした能力が備わっている人材を見極めたいが、経験者でない限りはそうした「実績」は持ち得ない。
今回の「地域課題解決型ハッカソン」を通して、実践として仕事に向き合いアウトプットを提出するところまで行えれば、本当に現場で必要とされる能力を鍛えることにも繋がる。加えて、受講生にとっては採用試験に対しての「実績」として示すことができる。まだプロではない受講生のトライの場であるので、費用もいただかない。「DXに興味はあるがいきなり費用を投じるのは難しい」というDX前の企業にとっても、チャレンジしやすい。まさにwin-winの取り組みだ。
オンライン・オフラインのコミュニケーションを通して、課題を深掘り
「ディープロ」に通う受講生は、今回2名で1つのチームを結成し、舟久保織物・晴基さんとの打ち合わせを重ねていった。やり取りはオンライン、オフラインの両方によるコミュニケーションで行われ、現場となる工場を見学した上でのヒアリングも実施した。
本プロジェクトを通して、どんなシステムができあがったのか。具体的なシステムについて尋ねると、晴基さんが解説してくれた。
「傘は、縫製、つまり作る工程もあるので、在庫管理では完成品としての傘だけでなく材料としての在庫や工程についても考える必要があります。
例えば、傘の縫製職人がその日に何を作ればいいかを、まず朝、在庫管理の担当者にLINEで連絡をする。LINEが来ると、在庫管理担当者はどれを作ってもらおうかと考えて返事をする……そこのタイムラグが非常にあります。そこをぜひとも解決したいですっていうのを、受講生さんたちと相談して進めていきました」
誰が見ても現時点での在庫数や不足している数がわかるようになっていれば、縫製職人にとっては、毎朝在庫担当者からの連絡を待っている時間が削減でき、在庫担当者にとってはわざわざ箱を開けてどれを作らせようかと悩む時間がなくなる。ここでも舟久保織物の状況に合わせた工夫が凝らされている。「傘の種類ごとに、『上限在庫数』というのを設定してもらった」と晴基さんは言う。
「うちの商品は、満遍なく均等にお客さんに選んでいただけるわけではなく、1年間を通してもそれほど人気がないものだったり、極端に人気なものだったりっていうのがあって。
例えば、青色の傘が毎年すごく人気だったとします。常に8本は在庫がないと、 縫製職人さんに『今日中に急いで追加を作ってください』と頼む事態が起こりえる。一方で、この赤色の傘は年間で1本出たら奇跡だというぐらい……仮にそれくらいの差があるとして、赤色の傘は1本ストックしておけば十分なので、上限在庫数は『1』。対して、青い傘は『8』。そうやって、商品ごとに必要なストック数を『上限在庫数』として個別で設定できるようにしたんです。
それぞれの設定ストック数を下回った瞬間に、(システム上で)ポッとアラートが光って、 縫製職人さんは、朝、スマートフォンを開いてアラートが出ている傘を作っていくだけでいいことになります」
▲あらかじめ設定した必要在庫数を下回った商品には、「在庫不足」のアラートが点灯している。
どの商品を作ればいいか瞬時に判断できる
▲傘の種類ごとの設定画面。上限在庫数は任意で設定できるようになっている
対話を重ね「現場が使いやすい形」に真摯に向き合い、辿り着いた完成形
今回完成したシステムの肝は、この「スマートフォンで操作できること」にある。晴基さんも、「何がすごいかって、オーバースペックじゃないということ」と開発の着地点に太鼓判をおす。
「他の在庫管理システムはできることが多すぎる。そうなると(現場として)抵抗がある方も多い。 無駄な機能を省いて省いて、必要最小限のものだけを詰め込んだのがこれなんです」
晴基さんのオーダーで、使い手にとって負担がないインターフェースを極限まで考えた結果、スマートフォンに入れるアプリの形になった。誰が見ても直感的にわかり齟齬が生じないようにするため、在庫の表示方法は表や文字によるものではなく、柄や色を反映した傘のイラストに。約490種類もある傘の在庫や材料が表になっている形式は、「目で見て在庫を確認する」ことに慣れた人からするとあまりにも乖離が大きく、日々の業務に取り入れるのは現実的ではないからだ。
「もうめちゃくちゃ使いやすくしてもらったんです。Excelの表のような一覧で見られた方が正直自分は楽だという気持ちもあるんですけれど、 使う人目線で自分が駄々をこねて、無駄なものはすべて省いてくださいとお願いして、この形になったんです。表とか見ると、うちの社内では拒否反応が起きてしまう(笑)
使う人が使いたくない、となってしまうと本末転倒だと思う。なので、リストの形はすべてなくしてもらいました」
▲傘の検索画面にはイラストが添えられている。
膨大にある全パターンの中から「あの柄の傘の在庫を確認したい」という時も、
直感的に検索条件を選べるようにした
この形式に落とし込まれるには、開発担当の受講生たちのきめ細やかなヒアリングや共感力が欠かせなかった。現場となる舟久保織物の工場を見学し、LINEやオンライン会議などで疑問点などを細かくヒアリングするなど、丁寧なコミュニケーションを重ねてきた。
使い手となる人たちの置かれた環境や人柄などをまずは理解し、最大限寄り添った結果、完成した形。技術や商品開発が先に立つのではなく、あくまでもシステムを使う「その人」を第一に考えたからこそ、導かれた結果といえる。
開発自体は1ヶ月ほど。今はテスト環境の状態で、この後に舟久保織物の抱える正確な材料(傘の骨や持ち手など)の在庫状況や商品の各種情報を入力して初めて使えるようになる。本番環境への移行はその次のステップとなる。
取り組んでみたからこそ気づいた、仕事上の穴
今回プロジェクトに参加した感想を問うと、晴基さんは「やってよかった。満足度は100%」。
「進めてみると、意外と『自分たちが何を欲しいのかわからない』というところからスタートするんですよ。何の課題があって、どうすればインターネットのソフトで解決できるのかみたいなところが、最初は全然イメージがつかない。そこに対して、『この機能がいりますよね』って、受講生さんから提案をくれたんです」
実は晴基さんの前職はSE(システムエンジニア)。ある程度システムを構築するところには明るかったはず。舟久保織物に転職して以降も、ECサイトの立ち上げや既存のHPの再構築などを一人で推進してきた。それでも、やはり社内の当事者ひとりでは限界がある。
「うちが取り組んだのは、まずは(完成した商品としての)傘の在庫管理。もう1つは(傘の材料となる)骨の在庫管理でした。
受講生さん2人とLINEやオンライン会議で相談を重ねていったのですけれど、『こういうのもあった方がいいんじゃないですか』とか、提案力がすさまじくて……百貨店などお店に出した傘(商品)が戻ってくる時、その数を在庫として入力すると、骨が減っちゃいますよねみたいなことも気づいてくれて、彼女たちの提案力でこの形のシステムに仕上がった」
結果に喜んでいるのは、晴基さん側だけではない。今回の開発を担ったエンジニアの2人は、今回の実績を元に、無事に希望通りの就職先への採用が決まったという。幾度ものディスカッションの過程を通して2人の中で育っていったのは、「晴基さんという人が、これからも継いで続けていきたいと思う産業に自分が何か貢献したい」という気持ちだったという。
「現地に行く前は『本当に自分の実力で地域の課題を解決できるのだろうか』という不安な気持ちが大きかったのですが、実際に舟久保織物さんのヒアリングを行ってみて、地場産業を守りたいと考えている人たちのために全力で開発を行いたいと思うことができました。
自分たちも初めての開発作業で、かつ実際の課題を扱うことに大きなプレッシャーはありましたが、他では経験することができない本当に貴重な体験ができました。今後エンジニアとして働き出した際には、この経験を元に実力を培っていきたいです」
時代や言葉が変われど、ものづくりと商いの真髄は変わらない。人は人によって育てられ、他者との間に生まれた信頼や刺激が、さらに次のステージへと引っ張りあげてくれる。
「(他の機屋さんも)もしチャンスがあったら、まずはやってみるべきなんじゃないかなと思います」(晴基さん)
Transformationは、突然起こらない。すべては、守るべきこの土地の「本質」を絶やさないために。熱き志を持ち、誠実にしたたかに目の前の「やるべきこと」に取り組む仕事人の元にだけ、革命は静かに訪れる。
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🌾今回の取り組みは、山梨県富士吉田市の主催する富士吉田市まるごとサテライトオフィスIT人材育成事業(委託先:キャップクラウド株式会社)の一環です。プログラミングスクール「ディープロ」を運営する株式会社ダイビックから相談を受け、2023年11月より富士吉田市にてスタートしました。今後も、DX化を目指す富士吉田市の各機屋と「ディープロ」受講生を結び、協業による地域課題の解決、地域産業の繁栄を目指します。
▼「富士吉田市まるごとサテライトオフィス」(略称:まるサテ)に関する詳細はこちら
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000004.000093585.html
写真・記事執筆/吉澤志保