富士吉田のオーバーツーリズムを解決せよ!首都圏のマーケター集団が出した「新・PR施策」とは【「<出張版>課題解決ディスカッション@富士吉田」開催レポート】

 

今回、富士吉田に眠る課題を解決すべく、首都圏からマーケティングのプロフェッショナルが集った。イベント名は、「<出張版>課題解決ディスカッション@富士吉田」。参加者たちに与えられたミッションは、富士吉田市が抱える観光課題を見極めて解決策を提示すること。半日がかりのイベントで、彼らが提示した答えは? そして結果は? その一部始終をレポートする。

 

まずはリアルな街を体感!富士吉田市企画部長自ら案内するディープな街歩きへ

 

大きな課題であればあるほど、その企業内・組織内の知見だけでビジネス課題を解決するのは簡単ではない。「地域」であれば、なおさら。地域に住んでいる人にとっては当たり前でも、外からの視点で見た時に初めて見えてくる課題の本質や、地域の魅力、地域資源活用の可能性が多分にあるからだ。俯瞰的な視点で現状を見定め、市場とニーズを踏まえて諸条件を整理し、解決策を導き、実行と改善を試みるーーそうしたスキルをもつ職業の一つが、マーケターだ。

今回集まったのは、東京をベースに第一線で活躍するマーケティングのプロフェッショナル、およそ10人。率いるのは、カラビナハート株式会社の代表・森 洋平さん。「マーケターの集い」というトップマーケターを集めたコミュニティ運営を事業としている。

 

今回のイベントスケジュールを説明する森洋平さん

 

午後、イベントの会場となる「ドットワークPlus」に集まったメンバー。課題の提示から始まるか?・・と思いきや、早速、富士吉田市 企画部長 渡辺一史さんの案内で、富士吉田のまちに繰り出すことに。

 

 

普段から街歩き、街案内が趣味であるという渡辺さん、案内にも熱がこもる。当日は雨天だったため傘をさしながらのツアーとなったが、渡辺さんの地元愛溢れるトークによって参加者も興味津々で街中を歩く。

 

解説することが日常という渡辺一史さん、雨もなんのそので熱く解説

 

全国版ニュースでも報道されるほどにオーバーツーリズムが深刻な課題となっている富士吉田。その中心となっている本町二丁目交差点周辺、壮大な富士山の絵が撮れると人気の写真撮影スポットなど、後々の課題に繋がる現場を視察。その他、目下開店準備中の店舗物件や、カフェやショップなど新たな観光スポットが生まれている月江寺大門商店街、近年若者も集まるレトロな飲み屋街・西裏など、下吉田エリアを中心に、富士山だけではない富士吉田をポイントをおさえながらぐるりと巡った。

 

連日道路の真ん中で撮影するインバウンド観光客が溢れてしまう件の交差点。この日は雨で人気が少なかった。2023年まで「サイクルショップミヤシタ」という空き店舗があったが、とどまってしまう観光客を案内・誘導するため現在は観光案内所に

 

訪れた時間帯が開店前だったためひっそりしているが、夜には煌々と明かりがともり、人で賑わう西裏

 

 

いよいよ課題発表!お題は富士吉田の新たなPR施策の提案

 

街からドットワークPlusに戻った面々。渡辺さんから、改めて富士吉田の街の特徴や観光資源について、解説を受ける。そしていよいよ課題の発表だ。

 

 

課題は、局所的・一点集中になってしまっているインバウンド観光から地域にとって経済的利益に繋がるためのPR施策を考えて欲しい、というもの。実は、インバウンド観光客が殺到している富士吉田だが、富士山や新倉山浅間公園「忠霊塔」など、いわゆる日本らしい風景を見て撮影するのみで帰ってしまう・・というのが、富士吉田が抱える観光側面での大きな課題。渋滞などの交通問題などを引き起こすほどにスポットに観光客が集まっていながら、街でお金を落とすことなく通りすぎてしまう。これは、富士吉田のその他の観光資源が認知されていないことが大きな要因だ。

 

 

最終的なゴールとして、参加者に課せられたアウトプットは2つ。一つが、短期的な施策。年度内に実行できそうな実現可能性があること。

 

もう一つが中長期的な施策。一時的にお金を生み出しうる施策ではなく、課題の本質を見極めて長期的な解決を図る施策を考える。この2本立てを、1時間の作業時間内でチームごとにディスカッションして考え、プレゼン資料まで準備する。

 

 

そして短期施策に関してはなんと今回提示された中から実際にトライすることになるというから、責任重大だ。採用されるのは、果たしてどのチームになるか?

 

与えられた課題にどう答えを出す?プロの手腕が問われる1時間

 

3名1組でチームに分かれて、作業スタート。何しろ与えられた時間はたったの1時間。その間に、プレゼン資料作成までなんとか辿り着かなければいけない。

 

 

始まりこそ、和やかに笑い声も混ざりながらアイデア出しをしていた各チームも、終了時間が迫るにつれてだんだん表情が真剣に。付箋や資料として配布された地図、大判の紙などを使いながら、課題の要素分解、アイデアや条件の整理を行っていく。

 

 

各チームプレゼン資料作成モードに入ってからは、キーボードを叩く音と、方向性をすり合わせる最低限の会話だけに。必要な補足情報や参考になる事例などのリサーチと資料作成など、チーム内で適宜業務を分担して進めていく。

 

 

各チーム渾身のプレゼンタイム、審査結果で選ばれたのは?

 

そしてタイムリミット!

 

ギリギリまで各チーム粘りに粘りながら仕上げたプレゼン資料を元に、代表者がそれぞれプレゼンテーションを行った。

 

 

そして渡辺さんによる審査タイム。悩みに悩む部長。

 

どの施策に最も可能性があるか。富士吉田市職員も、チームで相談

 

結果、選ばれたのは・・・??

 

見事、勝利を飾った4班の3名

 

採用されたのは、インバウンド客が押し寄せる名物撮影スポットにて、記念写真を撮影・販売する新サービスの提案。確かに、これは短い準備期間でも実行までのプランニングがしやすく、かつ一定の収益が見込めそうだ。

 

他のチームからは、多言語QRコードや屋外マーケット、フォトスポットを示すアートマップなどの提案が示された。いずれも富士吉田市として近しい施策を試みたことがあった中で、記念写真の販売だけは「まったく考えたことがなかった。今までになかった発想だと思った」(渡辺さん)。さまざまな挑戦を重ねてきた富士吉田市役所だけに、これまで実施したことがない撮影の有料化という視点が、決め手となった。

 

 

さすがは敏腕マーケター。課題、前提条件、使える手段といった各要素から一筋の道を見定めて、課題解決に繋がる提案を導く。プレゼンテーションを通して、その提案の意義や価値をしっかりと相手に伝える。マーケターに求められるのは総合的なスキルセットであることが明確になった半日だった。

 

最後は懇親会で締め。この後、一部の人たちは夜の西裏に繰り出していった

 

実証実験の結果は・・・?

 

……ディスカッションから約半年後。採用となった案、「インバウンド客が押し寄せる名物撮影スポットにて、記念写真を撮影・販売する新サービス」の実証実験が行われた。

 

実証実験は、富士吉田市役所と立て付けを協議しながら実施。2月中の計7日間で、富士山が良く見えてかつ観光客が集中する11〜15時に、「写真事業」の形で展開された。

 

 

撮影を行う場所としては、忠霊塔などの観光地が候補にあがっていたものの、本町二丁目交差点に観光客が集中していることから、交差点から近くに位置する「FUJIクロスゲートハウス」の屋上にて実施することに。ここなら、大きな富士山を車や人の往来を気にすることもなく、正面に眺めることができる。富士山をバックに記念撮影するにはぴったりだ。「FUJIクロスゲートハウス」は、今回の企画「<出張版>課題解決ディスカッション@富士吉田」を担当するキャップクラウド株式会社が運営するゲストハウスであり、宿泊客のチェックアウトからチェックイン時までの時間を活用して行った。

 

撮影したデータをその場でパソコンに取り込み、フォトフレーム調のデザインにはめ込み、プリンターで出力。待ち時間は数分。デザインは地元のデザイナーに依頼し、富士吉田にゆかりのあるモチーフをあしらった3種類を用意した。価格は1枚につき、1,000円(税抜)。忠霊塔と富士山、桜をおさめたポストカードをセットにした

 

スタッフは、富士吉田市の腕章をつけて呼び込みを行った

 

7日間実施した結果、サービス利用者は76名。日本を含む合計10カ国の観光客と接触することができた。台湾と中国で過半数、アジア勢が多く占めた。

 

今回の収穫は短期的な収益ではなく、何より、今後の課題のためのヒントを得られたこと。スタッフが看板を抱えて通りに立ち、往来する観光客に声をかけ続けたことで、時間帯や天候などによる往来状況の違いや観光客のインサイト(潜在的なニーズ)など、多くの示唆を得ることができた。

 

“富士山がくっきり見える時間帯は、人気が高いと改めて実感。特に午前中から13:00頃にかけては、多くの観光客が撮影スポットに集まる傾向があり、チェックアウト後や朝一都内発移動での来訪が多いのでは?と感じる。

この企画ならではで面白い発見だったのは、女性が積極的に男性を誘って撮影に臨む場面が多かったこと。女性目線で「撮りたくなる」仕掛けを作ることで、さらに多くの人が訪れてくれる可能性があると感じた。”

 

“滞在時間が20〜30分と短いインバウンド向けツアー(大型バスやハイヤー利用)の来訪者には、限られた時間の中で、別の撮影に時間を割く余裕がないため今回実施した有料の撮影スポットを利用してもらうのは少し難しく感じた。その反面、個人など公共交通機関を利用して訪れる方は比較的時間に余裕があり、現地での声かけにも反応しやすい傾向があった。

また例えば、今後観光エリア内の撮影スポットを有料化した場合、個人の来訪者はあまり抵抗感なく利用料を支払い、撮影を楽しむ可能性がある。一方で、待ち時間が発生することから滞在時間が限られているツアーでは訪問先として避けられたり、有料化に伴う無料スポットへの移動が発生することが考えられ、ツアーでの訪問数は減少する可能性が高い。

有料化を進めるにあたっては、道路整備や時間制限など、しっかりとした運営体制を整えることが不可欠になり、その一方で、本町通りの交通整備がしやすくなるなど、メリットも期待できる部分がある。”

ーー(実証実験の振り返りより抜粋)

 

実証実験として行ったことで初めて可視化された現状、そこから得られた仮説が何よりも大きな成果。街のPRや課題解決のための施策を、さらに適切な形で考えていくことができる。

 

また、今回の実証実験でカメラマンを務めたのは、地元で長く続く写真館「富士吉田カメラのいとう」を営む、伊藤祐樹さん。この施策を通して、ドットワークPlusがミッションとしている「ローカルに新たな仕事を創る」ことも実現したのも、嬉しい副次的成果だ。

 

ディスカッションがもたらす価値とは?数値化しきれない「人と人が繋がること」のもつ可能性

 

プロジェクトの端緒となったイベントタイトルは、「<出張版>課題解決ディスカッション@富士吉田」。ディスカッションと書かれているのは、さまざまな人が集い、掲げられたトピックに対して議論することが、地域課題解決にとって有効な手段だからだ。

 

ディスカッションがもたらす効果は、イベントのゴールである直接的なアウトプットそのものだけではない。参加者にとっては、普段関わりのない人たちが集まり、ゲーム感覚で短期集中でアウトプットまでを目指すことで、参加者自身も自分のプロフェッショナル性を活かしながら、社会貢献に関与したり、新しいコミュニティや人々に触れることで学びや喜びを得られる、というメリットがある。そして開催側はこうしたワークショップ形式の実践的ディスカッションを中長期的に行うことで、認知度の向上や人材資源の確保も期待できる。特に地方自治体にとっては、関係人口の創出・拡大がどこも命題とされている今、こうした地域内外を混ぜ合わせるワークショップはそこに寄与してくれる可能性があるという意味で、とても魅力的なイベント施策だ。

 

 

PR=パブリックリレーションズ(Public Relations)とは、「組織とその組織を取り巻く人間(個人・集団)との望ましい関係を創り出すための考え方および行動のあり方である」(※)とされる。細かな定義は専門家に譲るとして、ベースにあるものは、人と人とのコミュニケーションであり、関係性を築き、維持するか、ということ。

 

 

今回のイベントを機に、初めて富士吉田を訪れたという人も少なくない。そう考えると、「<出張版>課題解決ディスカッション@富士吉田」自体が、富士吉田のPR施策の一つともなり得ている。一人ひとりが発信力をもちうる現在、今回のイベントが私たちの想像を飛び越えて、次の可能性へと広がっていくことを期待したい。

 

※参考

パブリックリレーションズとは(公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会)

https://prsj.or.jp/aboutpr/

 

取材・写真・執筆/吉澤志保