“心の解放”と“学び”を同時に。富士山の麓からミュージカル教育を広める石垣清香さん
“まるサテ”の活動エリア(富士吉田市)のお隣、富士河口湖町には、富士五湖のうち4つの湖があります。四季折々で表情を変える富士山と湖は、何ものにも代えがたい素晴らしい景色です。そんなダイナミックな環境で、幼い二人の子どもを育てながら“ミュージカル教育”をプロデュースしているのは、『合同会社クリエイティブミュージカル』代表の石垣清香さん。ミュージカルを通して子どもたちの心に寄り添いながら、我が子との時間も大切にしたいと考えた石垣さんは、新たなプロジェクト『ミュージカルラーニング』を考案しました。そして、令和4年度の『やまなし地域課題解決型企業支援金』に応募し、採択者に。仕事に家庭、地方創生…と、信念に従い奔走する石垣さん。その柔軟な発想はどのようにして生まれるのでしょうか。これまでの経緯とともに伺いました。
ミュージカル教育とともにあった石垣さんの10年間
本日はよろしくお願いします!
こちらこそよろしくお願いします。
合同会社クリエイティブミュージカルについて教えてください
クリエイティブミュージカルは、子どもたちに寄り添うシアターアート制作カンパニーです。10年前からミュージカルを通して子どもたちの主体性や創造性を育む“ミュージカル教育”をしています。子どもたちとゼロからストーリーや楽曲を作り、対話を深めながら創造する。そうして心を耕す作業を繰り返し、作り上げたものを発表するというプロジェクト『リトル·ミュージカル』を、東京と私の地元である三重を中心に続けてきました。
4年前に第一子を出産したのですが、その頃から子育てと仕事の両立が難しくなっていき、「子育てをしながらミュージカル教育に関わり続けるには?」「ミュージカル教育を進化させて今より広げていくためには?」と、3年ほど模索していました。それで、これまでのことを整理するために、学術的なことを学んだり、方法論を体系化するようなことをしたり。そうしている間に、リトル・ミュージカルを始めた頃に出会った子どもたちが、どんどん大人になっていって…。とてもたくましく育っている姿は「意味のあることをやっていた」と実感させてくれましたね。諦めずに関わっていきたいという思いがどんどん強くなりました。
山梨県の事業『やまなし地域課題解決型起業支援金第一期※』に応募されたのはその頃ですか?
※地域の課題解決を目的としてイノベーションを伴う事業を始める人に、経費の一部などを支援する取り組み
そうです。2022年の春、ちょうど第二子が生まれる直前での応募でした。家庭と仕事の両立を考え続けてたどり着いたのが『ミュージカルラーニング』というものです。これは、従来の時間をかけてじっくりと学んでいく形ではなく、“インプットしながら同時にアウトプットする”という短期プログラムです。短い時間でも、頭、心、身体を同時に使うことによって、長期記憶として子どもたちに刻まれる。それを、世界文化遺産である富士山の麓でできたら、心も一気に解放されるのでは、と思いました。そのタイミングで、新規事業を応援する山梨県の取り組みを知り、「これが通ったら始めるぞ!」と応募に至りました。採択を受けたことで改めて背中を押され、今年の春、10周年の節目でリリースすることができたのは嬉しかったですね。
この春『ドットワークPlus』で行われた説明会で登壇されたそうですね
昨年度の採択者として、呼んでいただきました。応募に至った経緯や、それが産前産後であったこと、移住者であることなど、私のいろいろな属性から発表させてもらえるのは嬉しいことです。「誰かの背中を押すことになるのであれば、なおさら嬉しい」と登壇させていただきました。資金的な援助だけでなく、メンター(助言者)が半年間伴走してくれるなど、色々な面で後押ししてもらえる取り組みだと思います。
移住のきっかけを教えてください
出産を機に東京から山梨へ移住しました。夫の勤務地が山梨で、リトル·ミュージカルの拠点は、東京と三重。行ったり来たりの生活でしたが、妊娠がわかり「やはり定住しよう」と。私はもともと移動しながら仕事していたので、夫の勤務地である山梨に移住を決めました。
それと、山や湖、自然が身近にある環境は、物事に没頭できると感じます。シアターアートに関わる者としては、東京でしか得られないものもたくさんあるし、東京が大好きです。それでも、何かをクリエーションするっていう観点でいうと、ここ山梨は最高の環境。緩やかに流れる時間もそうだし、何より、富士山からはエネルギーを、湖からは癒しをもらっています。もう難しい理由なしに「ここで子育てできたらすごくいいな」って直感的に思いました。自然豊かな場所は他にもたくさんあるけど、富士山の存在はやっぱり偉大です。季節や天気によって色を変えるので、いまだに毎日確認しますし、富士山が見えない日も、「今日はあの雲の中にあるんだ」と存在を感じられます。本当にいろんなことを教えてもらっている気がしますね。
移住によって人間関係に変化はありましたか?
移住したての頃は、一人も知り合いがいない状態でした。それに、物理的な距離ができたことで、東京や三重のスタッフと密に連絡を取り合うことが難しくなりましたね。山梨に来てもらうこともあると思いますが、「この場所から広めていく」と考えたら、ここで新たに繋がっていく必要があるなと。まず地域でどう関係性を広げていくか結構悩みましたね。SNSで気になる活動を見つけては、実際に参加してみたり、話を聞きに行ったり、知り合いに紹介してもらったり。そうやって一つの点から徐々に、出会いが広がっていきました。今は、この地域で演劇に関わる仕事をされている方や市民劇団の方々など繋がり始めていて。だけど、そう多くはないので、地域活動の中で地元の人たちに体験してもらったりしながら、少しずつ「いいな」と思ってくれる人を増やしていっているところです。
演劇経験のない地元の人を巻き込むのは難しそうですね
私は経験から「こんな風に変わるよ」「こんな表情に出会えるよ」と、ミュージカルを通して変化する子どもたちの未来を思い描けます。それを未経験の方に伝えるには、実際に体験していただくのが一番だと思っています。そのための企画やプロセスは、骨が折れると言いますか…、すべてを背負っていく必要がありますね。一度やってみると、体感としてわかっていただけるので、大半の子どもが継続してくれます。心がほぐれる感覚を多くの子どもたちに味わってほしいです。
実現させたい!親も子も満たされるワーケーション
地方創生に関しても、何か構想があるそうですね
はい。この夏いよいよ始動する『ミュージカルラーニング』ですが、二日間にギュッと学びを詰め込んでいるので、どうしたら短い時間で心を解放できるだろう、ということを考えていました。やはりそれには、“いつもと違う場所”に行くのが手っ取り早い。行った先に、“一瞬で人の心を掴む富士山”があれば、さらに自己解放が加速するのでは、という発想が浮かびました。それで「富士山が見えるこの場所に来てもらおう!」と。
では、そのとき親御さんはどうするか。いま、余暇を楽しみながら仕事をする『ワーケーション』というものが浸透しつつありますよね。リフレッシュすることで仕事の生産性が上がると言われています。けれど、子どもがいるとワーケーションもなかなか難しい。そこで、“大人はワーケーション、子どもはミュージカル”ということが実現できたらどうだろう、と。“一時預かり”に子どもを預けるという方法もありますが、親も子も充実した時間を過ごすことができたら、それに越したことはないですよね。そんな構想を、ワーケーションに力を入れている、キャップクラウドさんに提案させていただきました。
近くにいながらそれぞれの時間を過ごせるわけですね
そうです。ワーケーションは、子どものいない人や、子育てを終えた人だけのものではないと思っていて。かといって、ワーケーションのために子どもを連れていくのは大変なことです。そのときお子さんにも前向きな理由があれば、お互いにとってすごくいいなって。積極的にその土地へ行き、それぞれの時間を過ごし、最後に子どもたちが創ったショーを観て帰る。もちろん合間に観光も楽しめますよね。それが富士山の麓で実現できたら…。富士吉田市やキャップクラウドさんと連携しながら、形にしていきたいです。
子どもの可能性を広げる“対話”とは
いまの日本の教育についてどう思われますか?
沢山の子どもたちと長年関わってきて思うのは、“対話”する時間が圧倒的に足りてないな、ということです。小学校の休み時間って短くて、トイレに行って少しおしゃべりしたら終わり。おしゃべりと対話は別物ですよね。相手の話を聴いたり、自分の気持ちを言葉にしながら深めていくのが対話。日本の教育は効率的に沢山の知識を学び、スキルを獲得することには多くの選択肢があるけれど、対話をしながら他者と協働·共創する経験が少ないと感じます。なので、自分の本当の気持ちを知らなかったりする。ミュージカルを通して、モヤモヤやイライラの理由がわかったり、色々な感情に出会っていく子どもたちをみてきました。学校教育だけではなく、 やるべきことに支配されがちだったり、忙しさのあまり散漫になって心の声が聞こえにくくなっているのだと思います。
それから、日本人の特性でもあると思うのですが、表面的なノリで会話を済ませてしまいがち。実際に私もそうなんです。子どもの頃を思い返しても、深く対話をしてきた経験って少ないですし。だけど、仲間と何か一つのものを創ろうとすると、対話する作業が必要不可欠になってきます。そうやって深掘っていくと、自分ひとりでは到達できないところまで行ける。そういう機会に出会えると、その後の人生の大きな糧になると感じています。なので、もっともっとミュージカル教育を広めていきたいですね。
誰かと一緒にひとつのものを創る。なかなかできない経験ですね
そうなんです。例えば、小説や音楽は、自分の世界にどっぷり浸かって追求できますが、みんなでやることの凄さもやっぱりあるんです。「自分だったらそっちに行かないけど、やってみたら面白いじゃん!」とか、「あれ、私もこっちだったかも」とか、予想外のことが起きたりする。そうやって新しい自分に何度も出会って“自分を強く”しているようです。手紙や色紙の中に「自分が変われた」「自信がついた」という言葉をたくさん目にしますし、「もう一人の自分」「新しい自分」「本当の自分」に会えたと、その時の感覚を表現してくれます。自分が認識している自分の枠だけで収まらないのが、集団で創る良さだと思っています。
石垣清香さんからのメッセージ
富士北麓地域は、富士山が目の前という素晴らしいロケーションです。そんな富士山の麓で日本の心を感じながら、観光、食、ワーケーション、ミュージカルを体感していただきたいです。そして、この場所を地元の方、お越しいただく方、皆さんで盛り上げていきましょう。
ミュージカルラーニング
https://musical-learning.com
◯「富士吉田市まるごとサテライトオフィス」とは
「富士吉田市まるごとサテライトオフィス(略:まるサテ)」は山梨県富士吉田市全体を使って、様々な事業者が富士吉田市内に自分のサテライトオフィス(企業または団体の本拠地点から離れた場所に設置されたオフィス)を手軽に持つことができる取り組みです。
(詳細:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000004.000093585.html)
◯富士吉田市まるごとサテライトオフィスでは取材に応じてくださる方を募集しております。
「地域活性や街づくりに興味がある!」
「今こんな活動をして街を盛り上げている」
「頑張っている人がいるので記事で紹介してほしい」
「面白い構想があるのでこんな方と繋がりたい」などなど。
ひとつでも当てはまったら是非ドットワークPlusにいらしてください!
写真·記事執筆/高井まつり(KINONE)